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Long Interview to tabata

『タバタへのロング・インタヴュー 』その2     NEW 

お待たせしました!! 

ゼニゲバ、Monster‐DVD、レニングラード・ブルースマシーン、最近はITOにも参加し、熱いギタ−・プレイを聞かせ続ける“タバタ”。   永遠のギター小僧・Tabata巨大化はとどまることをしらない!!                

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バタへのロング・インタヴュー (その2)

インタヴュアー:フローレント・デルヴァル

注釈:タバタ本人

8) のいづんずりとレニングラード・ブルース・マシンとの間に何かバンドをやっていたのか?

貴方のキャリアは偶然に寄るものなのか、それとも何か明確な考えがあって音楽的に求める方向に向って行ったのか?

タバタ:のいづんずりとレニングラード・ブルース・マシンとの間に他のバンドはやってない。でも、レニングラードの結成当初は全く別のバンドみたいやった。最初は別にヴォーカルがいて・・・そやな、バースデイ・パーティーやギャング・オブ・フォー、ポップ・グループみたいな感じのグループやった。  でもヴォ−カルが脱けてしまって・・・それでもスタジオでセッションは続けていた。インプロみたいな事やってる内に何やらサイケというかそういう感じになってきよった。で、何となくヴォーカルをとるようになった。それまで歌った事はなかったんだけども、おお別にいけるやないかと言う感じで、3人編成のままライヴをやるようになった。

9)そう言う感じで自然に歌うようになったと。思うに貴方は何でも感覚的にこなすらしい。 楽器とそういう感覚的なプレイはフィジカルな関係で結ばれているのか?私はエレクトリック・ギターのパワーとフィード・バックはそういう生なフィーリングに基づくものだと思うがどうだろう?

タバタ:おお。そう思うで。(*7)                                        

10)それは分かったけれども、貴方がエレクトリック・ギターのフィードバックとかディストーションとかそういうもののピュアなエナジーに感化された最初の体験を話して欲しいのだが。それはレコードからか、それともショウからなのか?(*8)

タバタ:僕はそういうものには先ず音楽を始める前から影響を受けていた。ドアーズを聴いていたのはいうたと思うけど、ロビー・クリーガーの弾く「ホエン・ザ・ミュージック・イズ・オーヴァー」。彼は12歳の頃の僕にとってのギター・ヒーロー。 要するに最初からフィードバックとかディストーションなんかはわかっていた。 レコーディングではのいづんずりの2枚目で初めてそういうのを意識して弾くようになった。 今思い起こせば、ギターを始めた初期の頃から、いわゆる普通のプレイというものにはあまり興味がなかった。(*9) 例えば、「胸いっぱいの愛を」におけるジミー・ペイジのスライド・ノイズに興奮していたよ。彼の有名なギター・リフとかテクニックなんかよりもな。

11)どのようにしてNULLに出会ったのか?

タバタ:1986年の事。ボアダムズが初めて東京でライヴをやった。トランス・レコードというレーベルが主催で2夜連続のイヴェント。NULLはANPとYBO2で出演していた。ボアダムズは2日目に出演したんやけども、僕は他のメンバーより先に東京に来ていて、初日から会場に来てバック・ステージとかをウロチョロしていた。 他の出演バンドとは全く違って、ANPのインプロヴィゼーション主体の演奏は強烈なエナジーを発散させていたわ。 イヴェント後のパーティーでNULLと少し話をしたりしたんだけど、彼は僕がそれまでに出会った誰よりも音楽に対するアティチュードが凄くシリアスだったので、それがとても印象に残った。 それからANPとレニングラード・ブルース・マシンは、よく対バンしたりして友好を深めていった。

12)NULLと演奏を一緒に始めた頃の事は憶えているか?

タバタ:僕はゼニゲバのオリジナル・メンバーやない。"HOW TO KILL"という1stアルバムをリリースした後に、彼等はたくさんのメンバー・チェンジを繰り返してた。 それからとうとうメンバーが竹谷さん(元ハナタラシ&元ボアダムズ)とNULLの二人だけになってしまって、「一緒にやらないか」という電話があったのはその頃や。(*10)

竹谷さんが脱退した後も新しいドラマーを入れて活動は続けていたよ。僕はまだ京都に住んでいたので、東京と京都を往復していたのはタフやったな。 竹谷さんがまだおる頃に"MAXIMUM LOVE AND FUCK"という初のスタジオレコーディング・アルバムをつくった。 それから竹谷さんが辞め、ヨッシー(吉田達也)が加わり何曲か新たにスタジオで録音した。それが"MAXIMUM MONEY MONSTER"という1st CDになったんや。それからもドラマーだけは何回か変わってい る。

13)それからどのようにしてゼニゲバのサウンドが生まれていったのか?

タバタ:その頃の音は今とは違ったよ。楽曲の構造も単純やったし。批評家どもは僕らの音を初期のスワンズに例えたりしていたな。 それからエイトが加わり、僕らは「全体去勢」"TOTAL CASTRATION"を録音した。このアルバムがSTEVE ALBINIが録音を担当した最初のアルバム。 多くの人がSTEVE ALBINIのレコ−ディングにおける役割を誤解している。彼はプロデューサーとはちゃうで。レコーディング・エンジニアなんや。彼はバンドのサウンドについて首を突っ込むようなマネはせえへん。僕らがやりやすいように録音における技術的な部分を助けてくれるだけや。 僕にとっては"TOTAL CASTRATION"が最初にオリジナルなゼニゲバの音を表現したアルバムやと思ってる。それから現在の形に発展していった訳や。そのサウンドは計画的に進化していったのとはちゃうで。全て自然な流れで変化して行ったのであって、ベーシストも必要無かったから存在しない。 多くの場合NULLがメインとなるリフをギターで弾いているけども、聴いての通りそれはベースの代用なんかとはちゃうよ。

僕のギター・パートはたいてい曲を創作するプロセスの終盤に形をなす場合が多い。人はよく僕のパートをHIGH-END GUITARと表現したり、リード・ギターというたりしてるけど・・・まあそれは何でもええ。 繰り返すけど僕らの音はポッと生れたんやのうて、ゆっくり時間をかけて発展していったんや。

14)貴方はギター・シンセサイザーをゼニゲバにおいて使用を始めたが、何時、何故、ロック・ミュージックではあまり使われないギター・シンセを始めたのか?

15)ギター・シンセサイザーはギターとは違う楽器だと思うか?

タバタ:NULLが"Freedom Bondage"を録音した時にカシオ・キーボードをオーヴァー・ダビングした。僕らはライヴ・ショウとは違うサウンドを創りたかったんで。 でも今聴くと僕個人は"Freedom Bondage"に違和感を感じる。このアルバムは僕のイメージするゼニゲバとは少し違うな。なんでかゆうたら、僕らはオーヴァー・ダブのパートをライヴでは演奏してなかったからかな。多分僕はそれらの曲をギタ−・シンセ付きのギターで演奏しすぎたんやろ。(*11)

僕はギター・シンセサイザーを1996年の9月におこなった全米ツアーから弾くようになった。(*12) 僕は"Freedom Bondage"に近いサウンド・アプローチをライヴでもしたかったんや。それがシンセをやりだした最初の理由やと思う。 そやけどそれは短期間で終わった・・・最初のギター・シンセは1996年10月にポーランドで盗まれてしもうたからや。まだヨーロッパ・ツアーの前半やったのに、僕らはすべての機材をその時失った。(*13)

でも僕らはそのままツアーを続行した。うん。1996年のヨーロッパ・ツアーは僕の音楽活動の歴史の中で最もタフな経験やった。 それから僕は2台目を97年のオーストラリア・ツアーの前に購入した。 僕は今でもゼニゲバの曲でそのギター・シンセを使っている。ギターとは違う楽器としてソロ・アクトでも使ってるし。 MIDIシステムは何でも望む通りの音色を得る事が出来る。それを嫌いな人がいる事も知ってるよ。多くのギタリストがMIDIを使いたがらない。彼等が言うには「サウンドを作るにはイージーすぎる」とか「本物のサウンドじゃない」とかいいよる。 でも僕は機材の善し悪しで左右される音楽なんか信じてへんから。音楽そのものがすべてを語るのであって、機材は何も語らへん。

40年以上前にエレクトリック・ギターが出現した時にも、ブツクサ文句をゆうとる奴らはいたと思うよ。 グレイトフル・デッドは90年代からフリー・インプロヴィゼイションにMIDIシステムを使いだした。"SPACE"と名付けられているけど、大好きやねん。 多くのミュージシャンが新しいテクノロジーを取り入れているよ。 灰野敬二さんでもな。ドラム・マシーンやループ・ディレイ・サンプラー・システムを使っている。数年前まではシーケンサーやらドラム・マシーンなんかのデジタル機材を嫌ってはったんを知ってるよ。「個性が無い」とか「リアルじゃ無い」とかいうたはった気がする。考え方が替わったんかどうかは知らんけどな。 そやけど灰野さんのドラム・マシーンのプレイの仕方はとてもユニークで個性的。偉大なアーティストやと思う。 僕はギターとギター・シンセを同時にプレイする。両方の音色をミックスしたりして。もし鍵盤が弾けたら鍵盤付きのシンセを弾いてるよ。 僕にとってギター・シンセとはギターによってコントロールされるシンセサイザーという意味や。                       (2003.7. 15UP)

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[注釈 by タバタ]                                             

(*7)正直なんちゅう質問やと思いました。訳判らん(笑)。

(*8)なんちゅう質問や!怒るでしまいに。

(*9)語弊が有るので注釈をつけますが「普通のプレイ」といっているのは、オーソドックスにギターを「弾く」という行為を指しているのであって、その当時の心情におけるものと解釈して下さい。今の自分にとってジャンゴ・ラインハルトやジェリー・ガルシア、エルモア・ジェイムスなどが「普通のプレイ」とは口が避けても言えません。

(*10)NULL氏は当初、レニングラード・ブルース・マシンのベーシスト林をゼニゲバに勧誘しようと思っていた。その了解を得ようと僕に電話してきたのが真実です。何故それが僕の加入という風になったのか、今では定かではありません。しかし、もしも当初の形に落ち着いていたら「現在」は劇的に違っていたでしょう。パラレル・ワールドですが。

(*11)レコーディングされた曲を100回以上ライヴでプレイする内に、オリジナルの印象が薄まって行く事は多々あります。

(*12)ローランドGR-09です。アルタード・ステイツの内橋和久さんに「おお!これ使ってる奴に初めて出くわしたわ。このギター・シンセはな〜(難儀な機材やでとでもいいたげに)・・・・・・どない?」と言われてしまいました。

(*13)ワルシャワのホテルの駐車場に停めてあったバンが何者かに盗まれた事件。アンプ、ギター、ドラムなど被害総額は200万円近い。ホテルの受付から見える位置にその駐車場はあり、店員も絶対にグルだと思われる。皆さん気をつけましょう。ちなみに現場検証に来た刑事がガンジャ(大麻)のマークの帽子をかぶっていて「こりゃ駄目だ」と思いました。

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プロフィール、ディスコグラフィー等:KK Null公式サイト

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