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初期Che-SHIZUの頃 

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向井千惠(Che-SHIZU,打鈍)

向井千恵ストーリー・2

Che-SHIZU前夜、小杉武久との出会い                    

              (東京FMCS放送インタヴューより/構成・there

 

武蔵野 美学校小杉武久音楽教場への入学のきっかけは妙なものだった。              

大学三年の春休みに 向井千惠はひとりで妻籠とか松本に旅行に行った。そのときたまたまはいった松本祗 園精舎という喫茶店に、ガリ刷りの小杉武久音楽教場のチラシが置いてあった。それにはタージマハール旅行団の説明がはいっていたらしいが、彼女はタージマハール旅 行団については実際に聴いたことがなく、名前しか知らなかった。小杉武久の名前も 知らなかったと思うという。          

打が彼女はそのとき、何かつよい磁力にひっぱられる ように「これにはいろう」と決心し、親の反対を押しきり、京都の大学を三年で中退 し、東京に出てくることになる。            

教場入学以前には、家でちょっとフォークギターをひいていたくらいで、特に音楽を 学ぼうとしたことはなかった。ただ、大学では演劇と写真のサークルに在籍していたのだが、こころのなかでは「自分はやっぱり音楽だなってのがどっかにあった」とい う。                         

胡弓との出会いは、教場に入った翌年の一月くらいに台湾に演奏旅行に行った小杉武久がいくつかおみやげみたいにして買ってきたのをもらい、いつのまにか弾いていた という。 チューニングを誰かに教わるということはなかった。                            

 その頃はロックバンドをやるな んて夢にも思わなかったので、チューニングは適当にやっていて、フレットがなく指 の圧力で音が微妙に変わるという胡弓という楽器の特性も、即興演奏をやるにはすご くやりやすい楽器というふうに、彼女は肯定的にとらえていた。         

 勿論、今はチューニ ングはする。五度でチューニングし、曲によって変えている。即興演奏をするときは 別だが。                                           

胡弓という楽器がむこうからやってきて、楽器が彼女を選び、彼女は他の楽器をやり たいと思ったことはないという。  

  

この文章は、「The World of Folf Music」というFM東京CS放送のinterviewをもとにして作成したものです。