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「音の廃虚」  by  ELMA          ruins of sound
 

先鋭的なノイズ作品を発信し続けるELMAの最新エッセイ。

あなたがいつか見ていたかもしれない、「音の廃墟」。それは懐かしくも、奇妙な光景だった・・・  

 

 

 

「音の廃虚」      ELMA (文・写真)

 

80年代半ば、日野啓三の小説「夢の島」や押井守の「迷宮物件」などに触発され、東京湾岸の埋立地をよく歩いた。

現在、テレコムセンターやパレットタウンが立ち並んでいる一帯、当時は「13号埋立地」という素っ気無い地名で呼ばれていた場所である。  

その頃は目だった建造物といえば船の科学館ぐらいで、沖合いのごみ処分場に向かって一直線に伸びる道路の両側には、一度も利用者を見たことの無い公園や、倉庫しかなく、後はただ空き地が広がってるだけだった。ひび割れてその隙間から雑草が伸びた道路を一人で歩く。そんなことをしていたものだった。

高速道路越しに、高層ビルや東京タワーが間近に見えるこの場所は、とても空虚で静かだった。  

初めてここを訪れたときに思い浮かべたのは、「人工の廃虚」という言葉だった。

最初に挙げた作品において重要な位置を占めているのが「埋立地という場所」である。  

元々何も無かった所に、投げ込まれた一種の異物であり、実用のめどが立たぬまま放置されれば知らぬ間に忍び寄った植物にあっという間に覆われてしまう、人口と自然の狭間の極めて中途半端な存在であり、また一旦建造物が立ち並んでしまえば、そこが「埋立地」であったことなど誰の記憶にも残らないそんな場所である。

後の「廃虚」への関心は、おそらくこのようなものに興味を抱く心性の中にすでに準備されていたのだと思う。  

もしかすると「団地」で暮らした子供時代の経験が影響しているのかもしれない。「原風景としての団地」は、まさに周囲の自然や昔ながらの集落の中に投げ込まれた異物である。殺風景なコンクリートの塊が初めてその姿を現したとき、周辺の住民はどのような気持ちでそれを眺めていたのだろうか?

「廃虚」とは何か。 

人の手によって作られた物が、放棄され朽ち果てていく。実際に訪れてみれば分かるのだが、植物の繁殖力というものはすさまじい。ほんの僅かな土と水のある場所に橋頭堡を築き、建物全体を飲み込むことすらある。

廃虚とは、本来何らかの目的を持って作られた物が、それとは別の何かに変質してしまった物であり、周辺の環境に対しては異物として強烈な存在感を発し続ける。  

本来の形から逸脱し、別のものに成り果てつつも、それ独自のある種の「美」を獲得したものが廃虚であるならば、自分が目指すものはまさしく「音の廃虚」としてのノイズであるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(2005.09.05UP)

   
 

ELMA作品紹介「神軍」

先鋭的なノイズ作品を発信し続けるELMAの作品群の中でもとりわけユニークな意匠の異色作。

高速度で飛び回る爆音群が空間を埋め尽くし、幻の大東亜共栄圏を仮構する・・・

cynical な視線に彩られた痛快爆音群が綴る「音の廃墟」。ノイズ・フリークス必聴。

                          (「ELMA/神軍」 JAPANOISE RECORDS)